あ、ちなみにこれラオス語で「こんにちは」「こんばんわ」「おはようございます」という…
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つまりラオス語の挨拶です。
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いつでもこの一言でいいという…なんてシンプルで便利なんでしょう。
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流浪の青年海外協力隊員候補者t28_miyaでございます。
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さて、本日はそもそも何故海外に出たいか?青年海外協力隊に行きたいか?
ということについてです。
もともと海外に出て何かしたいという思いはありました。
今年で社会人6年目なのですが、実は3年目くらいのとき、まだ関東で仕事をしていて横浜に住んでいたときに一度青年海外協力隊の説明会に行きました。
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しかし、そのときはまだ自分の経験じゃ足りないんじゃないかと思い諦めました。
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それから月日がたった昨年秋ごろ
再び説明会に参加できる機会があり参加したところ、そろそろ自分の経験でも勝負できるんじゃないか?と思い
書類を出し
一次選考を通過し
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そして二次選考を通過し
平成26年3次隊でラオスに行ってくれという書類を受け取り
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今に至るという
経緯を簡単に書くとこんな感じですが
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海外に出て何かしたいという思いを抱いた発端はもっと以前です。
確か高校1年か2年の頃
当時私は周囲とのコミュニケーションがとれず、孤立しいじめられているような状態でした。
通っていた高校は進学校で勉強も厳しく、優秀な人たちの中にコミュニケーション能力に難のある自分が放り込まれているようなそんな高校生活でした。
特に英語の定期テストで結果を返す際、先生が上位3人の名前を読み上げるのですが、読み上げられたことなんか一度もありませんでした。
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そんな日々を送っていたある日
外国人のALTの先生…確かアメリカのオハイオ州からいらっしゃっていた先生の授業があり、どんなテーマでもいいから英語でエッセイを書いて出してくれという課題がありました。
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その年の紅白歌合戦がつまらなくて、日本のショービジネスは一体どうなってしまうんだろう? もっと実力のあるアーティストが評価され脚光を浴びるべきじゃないのか?
といったような内容のエッセイを書いたところ
そのALT先生からAを3つもらいました。
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そしてさらにそのエッセイがそのクラスの中でその先生に最も評価されたようでした。
普段テストで上位3人を読み上げる先生も驚いていて、信じられないようでした。
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そのときに思ったこと
自分は今、身の回りの人に評価されなくても、いつかもっと広い世界に出れば評価されるんじゃないか 受け入れてもらえる世界があるんじゃないか?
そんな勘違いのようなけれど、何か情熱を感じるような思いをそのときに抱きました。
ただ、その後の大学時代は働きながら学生やってたり、
その後社会人になってから1~2年はあまり休みがなかったりとなかなか海外に出るチャンスをつかめない日々を送っており大変でしたが
そのような中でも定期的に英語検定やTOEICを受けたりして語学学習を続けたり、海外に出るための進路を調べたりする日々を送っていました。
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そしてやっと今年になって、ついに青年海外協力隊という形で海外に出るための挑戦権を勝ち取った。
まぁ、そんな流れです。
色々と苦しいこともあり、思い悩んだこともありましたが
今はこれが最も自然な形の決断だったんじゃないかと思っています。
まぁ、そんな感じです。
それじゃまた。
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